大阪地方裁判所 昭和27年(モ)1810号 判決
債権者 松井清太郎
債務者 高垣博一
一、主 文
当裁判所が債権者債務者間の昭和二十七年(ヨ)第二一二四号仮処分命令申請事件に付昭和二十七年十二月十七日なした仮処分決定は之を認可する。
訴訟費用は債務者の負担とする。
二、事 実
債権者代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、その理由として大阪市東淀川区柴島三百二十一番地の一宅地五十六坪九合八勺並同地の一部の上に在る木造瓦葺二階二戸建居宅一棟(以下本件建物と略称する)は、元訴外三原市蔵の所有であつたが、昭和十八年二月頃同人の死亡により養子三原新次郎が家督相続して、右宅地及建物の所有権を承継取得したのであつて、債権者は昭和六年八月十五日前記三原市蔵より右家屋の内西側一戸を賃借して居住して現在に及んでいるものであるところ、前記三原新次郎は昭和二十二年十月頃財産税のため債権者の賃借する家屋を債権者居住の儘物納した為、債権者は昭和二十五年十一月二十八日国から債権者居住家屋の売渡を受け、之が所有権を取得したものである。而して債権者が居住する右建物はその西側は訴外大川、同鈴木の、南側は訴外村田の各所有建物に接着し、南側に僅かに便所の汲取のための小路がある丈であつて、その三方が他人居住の建物に接着し、その北側のみが同番地及之に北接する同町三百二十二番地の空地(以下本件空地と略称する)を距て空地の北側を東西に通ずる公路に接続するもので、債権者の建物の出入口も最初から右公道に出るため北側空地に面して設けられてあり、債権者の賃借以来現在に至るまで約二十数年間専ら右北側出入口から本件空地上幅約四尺、長さ約六間、約五坪の部分を唯一の通路として為されて来たものであつて、其の間空地の所有者たる三原市蔵、三原新次郎に於ても何等異議なく、右家屋の利用につき必要不可欠の土地使用として終始之を許容し、債務者も亦既に昭和十九年頃以来本件空地東側所在の家屋を前記三原新次郎より賃借居住し、債権者及その同居家族が右空地を通行して公路に出る事実を知悉していたものである。それ故債務者が昭和二十四年五月十六日前記三原新次郎から債権者居住家屋の敷地を含む前記宅地の外、同町三百二十一番地の一宅地四十六坪八合二勺・同町三百二十二番地の二宅地四十九坪一合八勺(本件空地に相当する)を買受け、同月十七日夫々その所有権移転登記(但し登記簿上は所有名義人たる右三原新次郎の妻の養母佐伯久子から移転登記を受けた)を経由した後に於ても債権者等の同地上の通行に対し何等の異議も挾まなかつたに拘らず、昭和二十七年八月突然本件空地の北側の前記公路との境界線に高さ約六尺の杉板塀を設け更に同年十月十六日に至り債権者居住建物北側出入口に接着して、右同様の板塀を設置し債権者の住宅と北側公路との連絡を完全に閉鎖遮断して通行不能に帰せしめたので、債権者及その家族は止むなく建物南側の前記汲取のための小路より東側の裏口を経て出入する外なきに立至つたが、右小路は元より日常の出入の為に設けられたものでなく、極めて足場が悪いため老人小供は屡々躓いて顛倒し、成年者も出入に当つて建物の端等に衣服を引掛けて破り、又郵便配達さえ中絶する等、債権者方家族が日常生活上現に蒙りつつある不便苦痛は甚大なものがあるのみならず、債権者方同居の家族は老人二名及二歳の幼児を含む十二名の多数であつて、若し本件建物に不慮の災害が突発した場合は人身に重大な危険が発生することも予想せられる常況に在るので、債務者に対し本件空地の通行権確認の本訴を提起する準備中、差しあたり日常生活上必要不可欠なる前記通路の使用を確保するため、本件仮処分を申請したのである。そして債権者が本件仮処分により保護を受けんとする権利は、債権者が昭和六年本件家屋を賃借以来長年月に亘り継続して本件空地を通行している事実により、慣行上認められたる通行権を取得しているものであり、若し右の如き慣行が認められないとしても、本件建物は所有者三原新次郎が前記の如く財産税の物納として国に所有権を移転したもので、その敷地及び本件空地は共に右三原新次郎の所有であつたのであるから、同人は右物納と同時に国に対し右敷地の部分に付地上権を設定したものと謂うべく、債権者は国より右建物を譲受けて之を所有するものであるから、右地上権を国より承継して地上権者となつたものにして、一方右敷地及本件空地は前記の如く三原新次郎より債務者が買受け所有するに至つたものなるところ、債務者は右土地を当時の現状のまま買受けたものであるから、三原新次郎の地上権設定者たる地位を承継したものである。而して該地上権は同地上の建物たる本件建物利用に付必要不可欠の限度において同一所有者に属する土地の他の部分にも及ぶものと解すべきであるから、本件空地の通行は当然右地上権の範囲に属するものである。仮に三原新次郎の前記物納により国がその敷地に付地上権の設定を受けたものとなし得ずとするも、土地及び地上の建物の所有者が該建物のみを賃貸した場合においては、賃借人は同建物利用に必要にして充分な限度において当然敷地以外の土地の部分に付ても賃借人たる地位を附与されるものと解すべく、前記三原新次郎が債権者等居住のまま物納として国に任意譲渡した本件の如き場合は当然債権者等が、その賃借家屋を利用するにつき必要なる限度において敷地以外の部分の土地に付ても賃借権を設定したるまま国に譲渡したものと解すべきであるから、国から本件建物を譲受けた債権者は本件建物利用に必要なる本件空地上の通路に付賃借人たる地位を承継したものである。更に右主張がすべて理由なしとするも債務者は本件空地に対する所有権に基き本件板塀設置を強行し、因て前記の如く債権者等が過去二十数年に亘り平穏に継続して来た通行を全く不能ならしめ、以て債権者方と外部との交通を遮断しその日常生活に重大な脅威を与えているものであるから、債務者の右行為はその所有権行使の正当なる範囲を逸脱したる権利濫用行為として法律上到底許容されないところである。仍て右仮処分決定の認可を求めると述べた。<立証省略>
債務者代理人は「当裁判所が債権者債務者間昭和二十七年(ヨ)第二一二四号仮処分命令申請事件に付昭和二十七年十二月十七日為した仮処分決定は之を取消す。債権者の本件仮処分命令申請は之を却下する。訴訟費用は債権者の負担とする。」との判決を求め、その理由として債権者主張事実中、債権者及その家族が大阪市東淀川区柴島町三百二十一番地の一地上二戸建居宅一棟の西側の一戸(本件建物)に居住すること、債務者が訴外三原新次郎から佐伯久子所有名義となつていた債権者主張の土地を譲受けその所有権を取得したこと、右譲受土地の内債権者主張の空地(本件空地)上にその主張の如き板塀を設置したこと、訴外三原新次郎が債権者居住の家屋を昭和二十五年一月十九日財産税の為国に物納し、その所有権移転登記を了したことは執れも之を認める。債権者が故三原市蔵から本件建物を昭和六年八月十五日賃借したことは不知その余の債権者主張事実は総て否認する。本件建物はその建築の構造様式に徴すれば明に東向に建てられたもので、その玄関は東向に設けられていて本来建物の南東側より東隣島本方の東を通る公路に出る通路が存在し、債権者主張の空地を通行し北側公路に出る必要はない。仮に債権者がその主張の如く本件空地を通行している事実ありとするも、債権者は右空地を通行すべき何等の正権原を有しないものである。債権者はその居住家屋はその敷地並之に続く空地と共に右三原新次郎の所有に属していたから、同人が税金の物納として右家屋の所有権を国に移転すると同時に、その敷地並地上家屋の利用に必要なる限度に於て北側空地に付地上権を設定したものであると主張するけれども、かかる家屋の物納の場合に民法第三百八十八条を類推適用すべき余地は存在しない。又民法第二百十条所定の囲繞地通行権は土地所有者相互間の規定であつて、本件の如く建物所有権のみ債権者に属しその敷地と周囲の土地所有権が債務者に属する場合に適用すべき理由はない。而して債務者は昆布製造業を営む父高垣信輝の長男にして父の営業を手伝い従来大阪市南区戎橋筋に於て大博昆布店を経営し本件係争地の東側の信輝の住居に於て昆布を製造して来たが、手狭の為他に加工を委託していたものである。然るに漸次営業の拡大するに伴い大規模の昆布製造工場を建築する必要に迫られ、その目的の下に本件係争空地を買入れたものであつて、唯建築資金等の為其の時機を待ちつつあつたところ、昭和二十七年七月十五日予て取引先なる大市水産株式会社との提携成り、その援助の下に本件空地に工場を建築すべくその準備の為空地の周囲に板塀を設置したもので、元より土地所有権の正当の行使に外ならずして権利濫用の観念を容れらるべきものではない。仍て速かに右仮処分決定の取消し債権者の申請却下の裁判を求める為本件異議に及ぶと述べた。<立証省略>
三、理 由
債権者及その家族が大阪市東淀川区柴島町三百二十一番地の一地上木造二戸建居宅一棟の西側の一戸に居住すること右建物及びその敷地は之に続く北側空地と共に元訴外三原新次郎の所有に属したところ、同人は昭和二十二年十月頃財産税納付のため物納として債権者及びその家族居住のまま右建物の所有権を国に移転したこと、並債務者が三原新次郎から昭和二十四年五月十六日佐伯久子所有名義の本件建物の敷地及び本件空地を含む大阪市東淀川区柴島町三百二十一番地の一宅地五十六坪九合八勺を譲受け同月十七日夫々所有権移転登記を経たことは執れも当事者間に争がない。成立に争なき甲第二号証に証人家いと、同松井リンの各証言を綜合すれば、債権者の先代松井卯之助は昭和六年八月十五日当時の所有者亡三原市蔵から債権者居住の家屋を賃借し、市蔵死亡後はその家督相続人たる三原新次郎と、卯之助死亡後は債権者との間に右賃貸借が承継せられたもので、該家屋の北側を除く東西南の三方は他の家に囲繞せられ北側のみ本件係争の空地を隔てて公路に通じ、従つて本件建物の入口は最初から建物北側に設けられてあり、債権者方家族は賃借以来該出入口より本件空地を経て空地北側を東西に通ずる公路に出でて外部と交通し、又外部より債権者方に往来する者も右公路より本件空地を経て前記入口より同家に出入して来たものであること、並右空地は債権者先代の賃借当時から空地のまま存在し、債権者等は通行に際しては右空地の幅約四尺、長さ約六間約五坪の部分を専ら使用して来たものであるが、前記三原市蔵三原新次郎は元より近隣に居て右の事情を知悉して三原新次郎より本件空地を譲受けた債務者に於ても、その買受け当時は債権者方の右空地の通行に付何等異議を述べなかつたことが疏明せられるのであつて、之に反する証人高垣信輝の証言は措信し得ない債務者は、本件建物はその建築の構造様式より見て出入口は東側に設けてあり、東側より出入して南側公路に通ずべきものである旨主張するが、右主張を肯定するに足る疏明資料は十分でない。而して債務者が本件空地に債権者主張の如き板塀を設置したことは当事者間に争ないところで、証人家いと、同松井リンの各証言を綜合すれば、債権者方は右板塀の設置により従来長年月の間平穏裡に使用して来た外部との通路を閉鎖遮断せられたるのみならず、屋内採光の便を奪はれ細い汲取口を伝つて老人は顛倒し、或は下水道利用にも支障を来す等その日常生活に多大の不便苦痛を蒙るに至つたことが認められる。債務者は本件建物より公路に通ずる為には必ずしも本件空地を通行するを要しないと主張するから考えるに、成程債権者方裏庭より便所の汲取道を伝つて債務者主張の東側公路に出ることが出来る程の空地が存することは債権者の主張自体に徴しても之を窺い得るが、前記家及松井証人の各証言に徴すれば、本件建物裏側は僅かに極めて狭隘な便所汲取口の通路が存する外は、日常生活上の出入に使用せらるべき通常の裏口と目し得る様な通路は何等存しないことが明であつて、右の様に強いて通れば通れぬことはないと謂う様な狭隘な而も専ら便所の汲取に使用せられる空間によつて公路に連絡し得るからとて、之を以て日常生活上必要な外部との通路だとは到底考えられないから、債権者は右板塀の設置に依つてその玄関口から公路に達する通路を遮断せられたものと謂はねばならない。そこで本件仮処分によつて保全せらるべき債権者の権利に付按するに成る程債権者が本件空地を使用すべき具体的権原として主張する慣行による通行権の取得乃至債権者居住家屋の物納による地上権、若くは賃借権の取得はその全疏明資料を以てするも直ちに肯認し得ないところではあるが、前段認定の通り本件家屋はその北側に玄関口を有し本件空地を通じてのみ公路に達することができるもので、建物の敷地及空地は建物と共に三原市蔵及その家督相続人たる三原新次郎の所有に属し、市蔵から債権者の先代に賃貸以来賃借人等が本件空地を通行して公路に出るのを許容していた事実に鑑みれば、債務者の前主たる市蔵及新次郎は後日右空地を利用する場合においても、右空地のいずれかの部分を本件家屋から公路に達する通路として使用せしめる意図であつたことは之を推知するに難くない、蓋し人の生活は孤立して存在するものでなく必ずやその住居から公路に達することができなければならないに拘らず、本件家屋の北側を除く三方面は全部他人の家屋に囲繞せられていること右認定の通りで、本件板塀により北側公路との交通を遮断することは正に債権者に対し孤立した生活を強うるものと謂うの外ない。勿論民法第二百十条は土地所有者間の規定で建物所有者と北隣の土地所有者に対し直ちに適用はできないかも知れないが、人は土地上に無為にして存在するものでなくその土地の上に建物を所有し之に居住することも土地使用の一態様と謂うべく、その場合土地所有者として囲繞地の通行は之を許すも建物所有者としては之を許さないと謂うのは之を区別すべき実質的根拠に乏しい。元来本件土地及建物は同一人の所有に属したところ所有者は建物のみを物納として国に所有権を移転し、国は賃借人たる債権者に之を売渡し、土地は所有者から債務者に売渡された為建物所有者と土地の所有者とが分離した為、益々右民法第二百十条の適用を遠ざかる観ありと雖建物所有者保護の必要は毫も変るところなく、社会生活上の不便不都合は明白であるから右の規定を類推適用する余地なしとしない。而して民法第一条によれば私権は公共の福祉に遵うべく権利の濫用は之を許さない。今本件について之を見れば債務者がその所有地に板塀を繞らすことは権利の行使である。併しながら之によつて人の社会生活を奪い或は之に著しき困難を与えるに於ては最早権利行使の適当なる範囲を逸脱し権利の濫用と断ずべく、本件板塀の設置により債権者が公路との交通を奪われ社会生活を危殆に陥入れられること前説示の通りであるに反し、債務者が債権者の生活を脅かしてまで本件板塀を設置する必要あることについては之を是認するに足る疏明がない。況んや債務者の前主たる三原市蔵及同新次郎は、債権者が本件空地を通行するのを許可せる事情を知悉して本件空地を譲受けた債務者が凡そ債権者の交通に付何等の配慮を用いず、その玄関に接着して本件板塀を設置するが如きは到底債権者の忍容し得ないところで明に権利の濫用と云わざるを得ない。然らば債権者は自己の社会生活上の利益保護の為債務者に対しその権利行使を適法な範囲に制限することを求め得べく、本案判決の確定に至る迄本件仮処分によりその利益保護を求めることを得るものと云わねばならない。仍て債務者の本件異議は理由なく右仮処分決定を認可すべきものとし、訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 藤城虎雄 日野達蔵 先川吉蔵)